事件の概要
X(原告・被控訴人=附帯控訴人・被上告人=上告人)らは,各競走馬(以下「本件各競走馬」という。)を所有し,又は所有していた者である。
Y(被告・控訴人=附帯被控訴人・上告人=被上告人)は,ゲームソフトの製造販売を業とする株式会社である。
Yは,Xらの承諾を得ないで,本件各競走馬の名称を使用した家庭用及び業務用の各ゲームソフト(商品名・ギャロップレーサー,ギャロップレーサーU。以下「本件各ゲームソフト」という。)を製作し,販売した。
Xらは,本件各競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの経済的価値を独占的に支配する財産的権利(いわゆる物のパブリシティ権)を有することを理由として,Yに対し,YがXらの承諾を得ないで本件各ゲームソフトに本件各競走馬の名称等を使用したことにより上記財産的権利を侵害したと主張して,本件各ゲームソフトの製作,販売,貸渡し等の差止め及び不法行為による損害賠償を請求した。
1審は、本件競走馬等の物に関してパブリシティ権の権利性を認めた上で、損害賠償については認容し、差止請求については棄却した。
Yは、これを不服とし、控訴した。
原審は、Xらの差止請求を棄却し,損害賠償請求については,Xらのうちの各請求の一部を認容し,その余のXらの各請求を棄却した。
Xら及びYは、これを不服として、上告した。
判旨
Xらは,本件各競走馬を所有し,又は所有していた者であるが,競走馬等の物の所有権は,その物の有体物としての面に対する排他的支配権能であるにとどまり,その物の名称等の無体物としての面を直接排他的に支配する権能に及ぶものではないから,第三者が,競走馬の有体物としての面に対する所有者の排他的支配権能を侵すことなく,競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの競走馬の無体物としての面における経済的価値を利用したとしても,その利用行為は,競走馬の所有権を侵害するものではないと解すべきである(最高裁昭和58年(オ)第171号同59年1月20日第二小法廷判決・民集38巻1号1頁参照)。本件においては,Yは,本件各ゲームソフトを製作,販売したにとどまり,本件各競走馬の有体物としての面に対するXらの所有権に基づく排他的支配権能を侵したものではないことは明らかであるから,Yの上記製作,販売行為は,Xらの本件各競走馬に対する所有権を侵害するものではないというべきである。
現行法上,物の名称の使用など,物の無体物としての面の利用に関しては,商標法,著作権法,不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に排他的な使用権を付与し,その権利の保護を図っているが,その反面として,その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため,各法律は,それぞれの知的財産権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,その排他的な使用権の及ぶ範囲,限界を明確にしている。
上記各法律の趣旨,目的にかんがみると,競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとしても,物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用につき,法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めることは相当ではなく,また,競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否については,違法とされる行為の範囲,態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において,これを肯定することはできないものというべきである。したがって,本件において,差止め又は不法行為の成立を肯定することはできない。
なお,原判決が説示するような競走馬の名称等の使用料の支払を内容とする契約が締結された実例があるとしても,それらの契約締結は,紛争をあらかじめ回避して円滑に事業を遂行するためなど,様々な目的で行われることがあり得るのであり,上記のような契約締結の実例があることを理由として,競走馬の所有者が競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に利用することができることを承認する社会的慣習又は慣習法が存在するとまでいうことはできない。
以上によれば,Xらは,Yに対し,差止請求権はもとより,損害賠償請求権を有するものということはできない。
注記:判決文では下線は引かれておりません。