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平成18(受)826 特許権侵害差止請求事件

>判例・裁判例>特許(特許権の効力・特許権の存続期間延長)判例・裁判例>

事件の概要

 X(原告・控訴人・被上告人)は,発明の名称を「液体収納容器,該容器の製造方法,該容器のパッケージ,該容器と記録ヘッドとを一体化したインクジェットヘッドカートリッジ及び液体吐出記録装置」とする特許(特許第3278410号)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。Xは、本件発明の実施品(以下「X製品」という。)を我が国において製造し,国内及び国外において販売している。また,Xから許諾を受けたXの関連会社等も,X製品を国外において販売している。なお,国外で販売されたX製品については,譲受人との間で販売先又は使用地域から我が国を除外する旨の合意はされていないし,その旨がX製品に明示されてもいない。また、X製品には,インク補充のための開口部は設けられていない。
 Y(被告・被控訴人・上告人)は、インクタンク(以下「Y製品」という。)を,甲会社から輸入し,我が国において販売している。Y製品は,甲会社の関連会社(以下「乙会社」という。)が使用済みのX製品のインクタンク本体(以下「本件インクタンク本体」という。)を我が国及び国外から収集し,乙会社の子会社(以下「丙会社」という。)がこれを買い受け,本件インクタンク本体を利用し,その内部を洗浄してこれに新たにインクを注入するなどの工程を経て製品化したものであり,甲会社は,これを丙会社から買い入れて,Yに輸出している。
 Xは、Yの輸入販売するY製品がXの特許の特許発明の技術的範囲に属するとして,Yに対し,そのY製品の輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めた。
 一審はXの請求を棄却したが、控訴審では原審を取り消し、Xの請求を認容した。
 Yは、これを不服として、上告した。

判旨

(1) 特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者(以下,両者を併せて「特許権者等」という。)が我が国において特許製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達成したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品の使用,譲渡等(特許法2条3項1号にいう使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)には及ばず,特許権者は,当該特許製品について特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。この場合,特許製品について譲渡を行う都度特許権者の許諾を要するとすると,市場における特許製品の円滑な流通が妨げられ,かえって特許権者自身の利益を害し,ひいては特許法1条所定の特許法の目的にも反することになる一方,特許権者は,特許発明の公開の代償を確保する機会が既に保障されているものということができ,特許権者等から譲渡された特許製品について,特許権者がその流通過程において二重に利得を得ることを認める必要性は存在しないからである(前掲最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決参照)。このような権利の消尽については,半導体集積回路の回路配置に関する法律12条3項,種苗法21条4項において,明文で規定されているところであり,特許権についても,これと同様の権利行使の制限が妥当するものと解されるというべきである。
 しかしながら,特許権の消尽により特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで特許権者等が我が国において譲渡した特許製品そのものに限られるものであるから,特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,特許権を行使することが許されるというべきである。そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断するのが相当であり,当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となるというべきである。
(2) 我が国の特許権者又はこれと同視し得る者(以下,両者を併せて「我が国の特許権者等」という。)が国外において特許製品を譲渡した場合においては,特許権者は,譲受人に対しては,譲受人との間で当該特許製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨の合意をした場合を除き,譲受人から当該特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては,譲受人との間で上記の合意をした上当該特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて,当該特許製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解されるところ(前掲最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決),これにより特許権の行使が制限される対象となるのは,飽くまで我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品そのものに限られるものであることは,特許権者等が我が国において特許製品を譲渡した場合と異ならない。そうすると,我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,我が国において特許権を行使することが許されるというべきである。そして,上記にいう特許製品の新たな製造に当たるかどうかについては,特許権者等が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされた場合と同一の基準に従って判断するのが相当である。
(3) これを本件についてみると,本件の事実関係等によれば,Xは,X製品のインクタンクにインクを再充てんして再使用することとした場合には,印刷品位の低下やプリンタ本体の故障等を生じさせるおそれもあることから,これを1回で使い切り,新しいものと交換するものとしており,そのためにX製品にはインク補充のための開口部が設けられておらず,そのような構造上,インクを再充てんするためにはインクタンク本体に穴を開けることが不可欠であって,Y製品の製品化の工程においても,本件インクタンク本体の液体収納室の上面に穴を開け,そこからインクを注入した後にこれをふさいでいるというのである。このようなY製品の製品化の工程における加工等の態様は,単に消耗品であるインクを補充しているというにとどまらず,インクタンク本体をインクの補充が可能となるように変形させるものにほかならない。
 また,本件の事実関係等によれば,X製品は,インク自体が圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁となる技術的役割を担っているところ,インクがある程度費消されると,圧接部の界面の一部又は全部がインクを保持しなくなるものであり,プリンタから取り外された使用済みのX製品については,1週間〜10日程度が経過した後には内部に残存するインクが固着するに至り,これにその状態のままインクを再充てんした場合には,たとえ液体収納室全体及び負圧発生部材収納室の負圧発生部材の圧接部の界面を超える部分までインクを充てんしたとしても,圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成するという機能が害されるというのである。そして,Y製品においては,本件インクタンク本体の内部を洗浄することにより,そこに固着していたインクが洗い流され,圧接部の界面において空気の移動を妨げる障壁を形成する機能の回復が図られるとともに,使用開始前のX製品と同程度の量のインクが充てんされることにより,インクタンクの姿勢のいかんにかかわらず,圧接部の界面全体においてインクを保持することができる状態が復元されているというのであるから,Y製品の製品化の工程における加工等の態様は,単に費消されたインクを再充てんしたというにとどまらず,使用済みの本件インクタンク本体を再使用し,本件発明の本質的部分に係る構成(@負圧発生部材収納室に2個の負圧発生部材(液体収納室との連通部側に第1の負圧発生部材,大気連通部側に第2の負圧発生部材)を収納し,これらを互いに圧接させ,その境界層である圧接部の界面の毛管力を上記各負圧発生部材のそれよりも高くする(構成要件H)とともに,Aインクタンクの姿勢のいかんにかかわらず,前記圧接部の界面全体がインクを保持することが可能な量のインクを負圧発生部材収納室に収納する(構成要件K))を欠くに至った状態のものについて,これを再び充足させるものであるということができ,本件発明の実質的な価値を再び実現し,開封前のインク漏れ防止という本件発明の作用効果を新たに発揮させるものと評せざるを得ない。
 これらのほか,インクタンクの取引の実情など前記事実関係等に現れた事情を総合的に考慮すると,Y製品については,加工前のX製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認めるのが相当である。したがって,特許権者等が我が国において譲渡し,又は我が国の特許権者等が国外において譲渡した特許製品であるX製品の使用済みインクタンク本体を利用して製品化されたY製品については,本件特許権の行使が制限される対象となるものではないから,本件特許権の特許権者であるXは,本件特許権に基づいてその輸入,販売等の差止め及び廃棄を求めることができるというべきである。

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