事件の概要
X(原告)は,発明の名称を「強接着再剥離型粘着剤及び粘着テープ」とする発明につき,特許出願をしたころ、拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,上記審判を審理し,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をした。
Xは、これを不服とし、提訴した。
なお、特許請求の範囲請求項1の記載(ただし,手続補正書による補正後のもの)は,以下のとおりである。
n−ブチルアクリレートを50重量部以上,カルボキシル基を持つビニルモノマー及び/又は 窒素含有ビニルモノマーの一種以上を1〜5重量部,水酸基含有ビニルモノマー0.01〜5重 量部を必須成分として調製されるアクリル共重合体100重量部と,
粘着付与樹脂10〜40重量部からなる粘着剤組成物を架橋した粘着剤を基材の少なくとも片 面に設けてなる粘着テープであり,
前記粘着剤の周波数1Hzにて測定されるtanδ のピークが5℃以下にあり,
50℃での貯蔵弾性率G’が7.0×104〜9.0×104(Pa),130℃でのtanδ が0.6〜0.8であることを特徴とする粘着テープ。
判旨
(1) 法36条6項は,「第三項四号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その1号において,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。
特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。法36条6項1号が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決),この点に関するXの主張は,採用することができない。
(2) そこで,上記の観点に立って,以下,本件について検討する。
ア:実施例1ないし4は,いずれも,n−ブチルアクリレート(表1のBA)を90重量部程度有し,任意モノマーとして酢酸ビニル(同VAc),カルボキシル基を持つビニルモノマーとしてアクリル酸(同AA),窒素含有ビニルモノマーとしてNビニルピロリドン(同NVP),水酸基含有ビニルモノマーとしてヒドロキシエチルアクリレート(同HEA),粘着付与樹脂としてロジンエステル系樹脂A−100(荒川化学社製)及び重合ロジンエステル系樹脂D−135(荒川化学社製)を用いたものであって,請求項1に記載された組成の中のごく一部のものにすぎない。
また,請求項1に記載された粘弾特性のパラメータであるtanδのピーク,50℃での貯蔵弾性率G’及び130℃でのtanδのそれぞれの値を制御するには何を行えばよいのかについて,本願明細書の発明の詳細な説明には,何らの記載もない。
さらに,例えば,甲20(佐藤弘三「粘弾性と粘着物性」)の図6には,モノマー組成が同一のアクリル系粘着剤であっても分子量が大きいほど,50℃での貯蔵弾性率G’は小さく,130℃でのtanδが大きいことが記載され,また,図7には,架橋剤量が多いほど,50℃での貯蔵弾性率G’は大きく,130℃でのtanδは小さいことが記載されているように,粘着剤の技術常識によれば,請求項1に記載された粘弾特性の各パラメータの値は,アクリル系共重合体を構成するモノマーの種類(官能基の種類や側鎖の長さなど)や各種モノマーの配合比だけでなく,それらが重合してなるアクリル重合体の分子量,粘着付与樹脂の種類や配合量,架橋の程度など,様々な要因の影響を複合的に受けて変化するものである。
そうすると,粘着剤が請求項1に記載された組成を満たしているとしても,それ以外の多数の要因を調整しなくては,請求項1に記載された粘弾特性を満たすようにならないことは明らかであり,実施例1ないし4という限られた具体例の記載があるとしても,請求項1に記載された組成及び粘弾特性を兼ね備えた粘着剤全体についての技術的裏付けが,発明の詳細な説明に記載されているということはできない。また,そうである以上,請求項1に記載された粘着剤は,発明の詳細な説明に記載された事項及び本件出願時の技術常識に基づき,当業者が本願発明の前記課題を解決できると認識できる範囲のものであるということもできない。
イ: 以上によれば,本願発明に係る特許請求の記載の範囲の記載は,サポート要件に適合しないというべきである。
注記:下線は、判決文では引かれておりません。
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