事件の概要
X(原告)は,発明の名称を「紙容器用積層包材」とする発明につき,特許出願をしたころ、拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,上記審判を審理し,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をした。
Xは、これを不服とし、提訴した。
判旨
(1) 本件補正について
特許法17条の2第3項は,「第1項の規定により明細書,特許請求の範囲又は図面について補正するときは,誤訳訂正書を提出してする場合を除き,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定しているところ,ここでいう「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
そして,本願発明1に対する本件補正は,その特許請求の範囲の記載について,@本願発明1ないし4の紙容器包材及び本願発明5及び6の紙包装容器がいずれも「液体食品用」である点を特定し,A本願発明の最内熱可塑性材料層等の樹脂層を構成する狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンが「メタロセン触媒で重合して得られた」ものである点を特定し,B本願発明の最内熱可塑性材料層等の樹脂層の構成について「線形低密度ポリエチレンを少なくとも含有」するとの点を,「線形低密度ポリエチレン55〜75重量%とマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレン45〜25重量%とのブレンドポリマー」であると特定し,C本願発明1及び5の最内熱可塑性材料層の層厚が「20〜50μm」であるとの点を,「20〜30μm」であると特定し,D本願発明6の内側熱可塑性材料層の層厚を35μmと特定したものである。
本件審決は,スウェリング率等の特性パラメータを持つ上に,更に,15ないし17のメルトフローインデックスの特性パラメータを持つ樹脂層を有する液体食品用紙容器用包材に係る本件補正発明1ないし4が,当初明細書に記載されていたとする理由が見当たらない旨を説示して,本件補正が当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえないと判断している。したがって,本件補正の適否は,上記の特定のうちA及びBが,当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるか否かにより判断されることになる。
(2) 本件補正と当初明細書の記載との関係について
ア まず,本件補正が,本願発明の最内熱可塑性材料層等の樹脂層を構成する狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンを「メタロセン触媒で重合して得られた」ものと特定した点(前記(1)A)についてみると,当初明細書には,「最内熱可塑性材料層」として「メタロセン触媒を用いて重合した狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレン(mLLPDE)を少なくとも含有するブレンドポリマーがある。このmLLPDEとしては,…メタロセン触媒を使用して重合してなるエチレン−α・オレフィン共重合体を使用することができる。」旨の記載があるほか,「最内熱可塑性材料層」として「上述のように,メタロセン触媒を用いて重合したエチレン−α・オレフィン共重合体がある。この発明に好ましい態様においては,メタロセン触媒を用いて重合したエチレン−αオレフィン共重合体と,マルチサイト触媒を用いて重合した低密度ポリエチレンとから成るものを用いることができる。」旨の記載がある。そして,本願発明1は,狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンで最内熱可塑性材料層を構成しているから,上記記載は,本願発明1の最内熱可塑性材料層を構成する狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンを,「メタロセン触媒で重合して得られた」ものとすることができることを明らかにしているといえる。
イ 次に,本件補正が,本願発明の最内熱可塑性材料層等の樹脂層の構成を前記線形低密度ポリエチレン及びマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレンとの特定の配合割合によるブレンドポリマーである(前記(1)B)と特定した点についてみると,当初明細書には,「最内熱可塑性材料層」について,上記線形低密度ポリエチレンを少なくとも含有するブレンドポリマーである旨の記載があり,上記線形低密度ポリエチレン及び上記低密度ポリエチレンによるブレンドポリマーについての記載があるほか,「最内熱可塑性材料層」における両者の配合割合についての記載がある。そして,本願発明1は,狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンで最内熱可塑性材料層を構成しているから,上記記載は,本願発明1の最内熱可塑性材料層を,狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレン及びマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレンとの特定の配合割合によるブレンドポリマーで構成することができることを明らかにしているといえる。
ウ さらに,本願発明2ないし4も,ある樹脂層が「狭い分子量分布を有する線形密度ポリエチレンを少なくとも含有する」との構成を備えている点で本願発明1と共通しており,これらの樹脂層が,本願発明1の「最内熱可塑性材料層」とは異なる製造方法によるべき理由は見当たらないばかりか,当初明細書は,メタロセン触媒を用いて重合した狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレン(mLLPDE)と低密度ポリエチレン(LDPE)等とからなるブレンドポリマーについて記載しているが,その対象を,当初明細書で特性パラメータを示した発明(本願発明1ないし6を含む。)であると記載しており,かつ,押し出しラミネートする際の接着性樹脂層を構成する押出し樹脂の材料として,本願発明1ないし6において「狭い分子量分布を有する線形密度ポリエチレンを少なくとも含有する」とされる各樹脂層を構成する材料を単純に列記しているから,これらの樹脂層の構成には相違がないことが窺える。
以上によれば,当初明細書の前記(2)オ及びキに認定の部分に記載された,本願発明1の最内熱可塑性材料層に狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンをメタロセン触媒を用いて重合するとの技術的事項(前記(1)A)及び当初明細書に認定の部分に記載された,本願発明1及び5の最内熱可塑性材料層を前記線形低密度ポリエチレン及びマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレンとの特定の配合割合によるブレンドポリマーであるとする技術的事項(前記(1)B)は,いずれも,同じく狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンからなる樹脂層を有する本願発明2ないし4についても妥当するものと解するのが相当である。このように,当初明細書の上記記載部分は,本願発明1の最内熱可塑性材料層を例示しているものの,当初明細書の全ての記載を総合するとき,本願発明2ないし4において狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンからなる各樹脂層についても,「メタロセン触媒で重合して得られた」ものであるとの技術的事項(前記(1)A)及び上記線形低密度ポリエチレン及びマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレンとの特定の配合割合によるブレンドポリマーであるとする技術的事項(前記(1)B)を,いずれも容易に導くことができるものというべきである。
エ したがって,本願発明1ないし4の最内熱可塑性材料層等の樹脂層を構成する狭い分子量分布を有する線形低密度ポリエチレンをその製造方法により特定し(前記(1)A),かつ,本願発明1ないし4の最内熱可塑性材料層等の樹脂層の構成を上記線形低密度ポリエチレン及びマルチサイト触媒で重合して得られた低密度ポリエチレンとの特定の配合割合によるブレンドポリマーであると特定した(前記(1)B)本件補正は,いずれの点においても,当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
注記:下線は、判決文では引かれておりません。
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