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平成16年(受)第781号 補償金請求事件

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事件の概要

 X(原告・被上告人)は,Y(上告人)の従業員であった当時,「本件発明1」,「本件発明2」,「本件発明3」を行った。本件各発明は,特許法35条1項所定の職務発明に当たる。
  Xは,本件各発明につき,Yとの間で,それぞれ特許を受ける権利(外国の特許を受ける権利を含む。)をYに譲渡する旨の契約を締結した(以下,これらの契約を「本件譲渡契約」と総称する。)。
 Yは,本件各発明について,我が国において特許出願をし,その設定登録を受けて,特許権を取得するとともに,本件発明1につきアメリカ合衆国,カナダ,イギリス,フランス及びオランダの各国において,本件発明2及び3につきアメリカ合衆国,ドイツ,イギリス,フランス及びオランダの各国において,それぞれ特許権を取得した。
 Xは、Yを退職した後、本件各発明に係る日本及び外国の特許を受ける権利の譲渡につき特許法第35条第3項の相当の支払いをYに求めて提訴した。一審では、属地主義の原則に照らし、各国の特許法を準拠法とするべきであるから、日本特許法第35条は外国の特許を受ける権利には適用されないと判断した。
 Xは、これを不服として知財高裁に提起したところ、知財高裁は、XとYとの間には,本件譲渡契約の成立及び効力の準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在すると認められるから,法例7条1項の規定により,その準拠法は,外国の特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題を含めて,我が国の法律であるから、特許法35条3項にいう「特許を受ける権利」には,我が国の特許を受ける権利のみならず,外国の特許を受ける権利が含まれるので,Xは,Yに対し,外国の特許を受ける権利の譲渡についても,同条3項に基づく同条4項所定の基準に従って定められる相当の対価の支払を請求することができると判示した。
 Yは、これを不服として、上告した。

判旨

 外国の特許を受ける権利の譲渡に伴って譲渡人が譲受人に対しその対価を請求できるかどうか,その対価の額はいくらであるかなどの特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題は,譲渡の当事者がどのような債権債務を有するのかという問題にほかならず,譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから,その準拠法は,法例7条1項の規定により,第1次的には当事者の意思に従って定められると解するのが相当である。
 なお,譲渡の対象となる特許を受ける権利が諸外国においてどのように取り扱われ,どのような効力を有するのかという問題については,譲渡当事者間における譲渡の原因関係の問題と区別して考えるべきであり,その準拠法は,特許権についての属地主義の原則に照らし,当該特許を受ける権利に基づいて特許権が登録される国の法律であると解するのが相当である。
 本件において,XとYとの間には,本件譲渡契約の成立及び効力につきその準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在するというのであるから,XがYに対して外国の特許を受ける権利を含めてその譲渡の対価を請求できるかどうかなど,本件譲渡契約に基づく特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については,我が国の法律が準拠法となるというべきである。
  我が国の特許法が外国の特許又は特許を受ける権利について直接規律するものではないことは明らかであり(1900年12月14日にブラッセルで,1911年6月2日にワシントンで,1925年11月6日にヘーグで,1934年6月2日にロンドンで,1958年10月31日にリスボンで及び1967年7月14日にストックホルムで改正された工業所有権の保護に関する1883年3月20日のパリ条約4条の2参照),特許法35条1項及び2項にいう「特許を受ける権利」が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ないことなどに照らし,同条3項にいう「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは,文理上困難であって,外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価の請求について同項及び同条4項の規定を直接適用することはできないといわざるを得ない。
 しかしながら,同条3項及び4項の規定は,職務発明の独占的な実施に係る権利が処分される場合において,職務発明が雇用関係や使用関係に基づいてされたものであるために,当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場で取引をすることが困難であることにかんがみ,その処分時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち,同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について,これを当該発明をした従業者等において確保できるようにして当該発明をした従業者等を保護し,もって発明を奨励し,産業の発展に寄与するという特許法の目的を実現することを趣旨とするものであると解するのが相当であるところ,当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であるという点は,その対象が我が国の特許を受ける権利である場合と外国の特許を受ける権利である場合とで何ら異なるものではない。そして,特許を受ける権利は,各国ごとに別個の権利として観念し得るものであるが,その基となる発明は,共通する一つの技術的創作活動の成果であり,さらに,職務発明とされる発明については,その基となる雇用関係等も同一であって,これに係る各国の特許を受ける権利は,社会的事実としては,実質的に1個と評価される同一の発明から生じるものであるということができる。また,当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継については,実際上,その承継の時点において,どの国に特許出願をするのか,あるいは,そもそも特許出願をすることなく,いわゆるノウハウとして秘匿するのか,特許出願をした場合に特許が付与されるかどうかなどの点がいまだ確定していないことが多く,我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利が包括的に承継されるということも少なくない。ここでいう外国の特許を受ける権利には,我が国の特許を受ける権利と必ずしも同一の概念とはいえないものもあり得るが,このようなものも含めて,当該発明については,使用者等にその権利があることを認めることによって当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが,当事者の通常の意思であると解される。そうすると,同条3項及び4項の規定については,その趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在するというべきである。
 したがって,従業者等が特許法35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において,当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については,同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である。
  本件において,Xは,Yとの間の雇用関係に基づいて特許法35条1項所定の職務発明に該当する本件各発明をし,それによって生じたアメリカ合衆国,イギリス,フランス,オランダ等の各外国の特許を受ける権利を,我が国の特許を受ける権利と共にYに譲渡したというのである。したがって,上記各外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については,同条3項及び4項の規定が類推適用され,Xは,Yに対し,上記各外国の特許を受ける権利の譲渡についても,同条3項に基づく同条4項所定の基準に従って定められる相当の対価の支払を請求することができるというべきである。

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