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平成18(受)1772 特許権に基づく製造販売禁止等請求事件

>判例・裁判例>特許(特許権の侵害等)判例・裁判例>

事件の概要

 X(原告・控訴人・上告人)は,発明の名称を「ナイフの加工装置」とする特許権(以下,この特許権を「本件特許権」という。また、特許番号第2139927号の特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
 Y1(被告・被控訴人・被上告人) は,自動刃曲加工シス1 テム(以下「本件製品」という。)を製造,販売し,Y2(被告・被控訴人・被上告人)は,これをY1から購入して販売している。
 Xは,本件特許権に基づき,Y1らに対し,本件製品の製造,販売の差止め及び損害賠償を求める本件訴訟を提起した。
 Xは,当初,本件製品は願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1(以下「請求項1」という。)に係る発明(以下「第1発明」という。)の技術的範囲に属する旨主張していたが,第1発明についての特許を無効とする旨の審決がされたため、Xは,本件製品は本件明細書の特許請求の範囲の請求項5(以下「請求項5」という。)のうち請求項1を引用する部分に係る発明(以下「第5発明」という。)の技術的範囲にも属する旨を追加的に主張した。
 Y1らは,上記主張は時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである旨主張するとともに,第5発明に係る特許についても明らかな無効理由がある旨主張した。
 第1審は,本件製品が第1発明及び第5発明の技術的範囲に属するか否かについて判断することなく,第1発明に係る特許及び第5発明に係る特許には特許法123条1項1号(ただし,平成5年法律第26号による改正前のもの。以下同じ。)の無効理由が存在することが明らかであり,本件特許権に基づく差止め及び損害賠償の請求は権利の濫用に当たり許されない(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)として,Xの請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した。
 Xは,第1審判決に対して控訴をした上,審判請求書により,請求項5について,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判請求をした(訂正2005−39011号事件)。
 Y1らは,第1発明に係る特許及び第5発明に係る特許には明らかな無効理由が存在する旨主張したが,裁判所法等の一部を改正する法律(平成16年法律第120号)が施行され,特許法104条の3の規定が本件に適用されるようになったことに伴い,Y1らの上記主張は,同条1項の規定に基づく主張として取り扱われた。
 Xは,上記訂正審判請求(訂正2005−39011号事件)を取り下げ,同日付け審判請求書により,請求項5について,再度,訂正審判請求をした(訂正2005−39061号事件)。
 また、Xは,第1発明についての特許に係る無効審決が確定したことから,本件製品が第1発明の技術的範囲に属する旨の主張を撤回した。これにより,本件訴訟における審理の対象は,第5発明に係る特許のみということになった。
 上記訂正2005−39061号事件について,審判官は,訂正審判請求は成り立たない旨の審決をした。Xは,同請求を取り下げた。
 その後、控訴審は,口頭弁論を終結したところ,Xは,その後に審判請求書により,3度目の訂正審判請求をした(訂正2006−39057号事件)。
 控訴審は,Xの控訴をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した。判決では,本件製品が第5発明の技術的範囲に属するか否かについて判断することなく,第5発明に係る特許は,特許法29条2項に違反してされたものであり,同法123条1項1号の無効理由が存在することが明らかであって,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,XはY1らに対して本件特許権を行使できない(特許法104条の3第1項)旨判示した。
 Xは,その後,上告及び上告受理の申立てをした。そして,訂正審判請求(訂正2006−39057号事件)を取り下げ,同日付け審判請求書により,4度目の訂正審判請求をした(訂正2006−39109号事件)。
 Xは,再び,上記訂正審判請求(訂正2006−39109号事件)を取り下げ,同日付け審判請求書により,請求項5について,特許請求の範囲の減縮及び明りょうでない記載の釈明を目的として,5度目の訂正審判請求をした(訂正2006−39113号事件。以下「本件訂正審判請求」という。)。審判官は,審理の結果,本件明細書の訂正をすべき旨の審決をし,同審決はそのころ確定した(以下,この審決を「本件訂正審決」という。)。
 Xは,本件の上告受理申立て理由書の提出期間内に本件訂正審決が確定し,請求項5に係る特許請求の範囲が減縮されたという本件の事実関係の下では,原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして,民訴法338条1項8号に規定する再審事由があるといえるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある(民訴法325条2項)と主張した。

判旨

 原審は,本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて,第5発明に係る特許には特許法29条2項違反の無効理由が存在する旨の判断をして,Y1らの同法104条の3第1項の規定に基づく主張を認め,Xの請求を棄却したものであり,原判決においては,本件訂正後の特許請求の範囲を前提とする本件特許に係る無効理由の存否について具体的な検討がされているわけではない。そして,本件訂正審決が確定したことにより,本件特許は,当初から本件訂正後の特許請求の範囲により特許査定がされたものとみなされるところ(特許法128条),前記のとおり本件訂正は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから,これにより上記無効理由が解消されている可能性がないとはいえず,上記無効理由が解消されるとともに,本件訂正後の特許請求の範囲を前提として本件製品がその技術的範囲に属すると認められるときは,Xの請求を容れることができるものと考えられる。そうすると,本件については,民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地があるというべきである。
 しかしながら,仮に再審事由が存するとしても,以下に述べるとおり,本件においてXが本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは,XとY1らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものであり,特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。
 ア 特許法104条の3第1項の規定が,特許権の侵害に係る訴訟(以下「特許権侵害訴訟」という。)において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め,当該特許の無効をいう主張(以下「無効主張」という。)をするのに特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものとしているのは,特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の手続内で解決すること,しかも迅速に解決することを図ったものと解される。そして,同条2項の規定が,同条1項の規定による攻撃防御方法が審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは,裁判所はこれを却下することができるとしているのは,無効主張について審理,判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。このような同条2項の規定の趣旨に照らすと,無効主張のみならず,無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」という。)も却下の対象となり,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も,審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば,却下されることになるというべきである。
 イ そして,事実関係の概要等によると,@Y1らは,既に第1審において,第5発明に係る特許について無効主張をしており,第1審判決は,特許法に同法104条の3の規定を新設した平成16年法律第120号の施行前であったが,前掲最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決に従い,上記無効主張を採用してXの請求をいずれも棄却したこと,AXは,第1審判決に対して控訴を提起し,その後に請求項5について特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判請求をしたが,これを取り下げ,再度請求項5について訂正審判請求をしたこと,B上記再度の訂正審判請求については,同請求は成り立たない旨の審決がされ,Xは同請求を取り下げたこと,Cそこで,原審は口頭弁論を終結したが,Xは3度目の訂正審判請求をしたこと,D原審はXの控訴をいずれも棄却したが,その理由は,第1審判決と同じくY1らの上記無効主張を採用するものであったこと,EXは,上告及び上告受理の申立てをしたが,その後3度目の訂正審判請求を取り下げて4度目の訂正審判請求をし,さらに4度目の訂正審判請求を取り下げて5度目の訂正審判請求をしたのが本件訂正審判請求であること,以上の事実が明らかである。
 ウ そうすると,Xは,第1審においても,Y1らの無効主張に対して対抗主張を提出することができたのであり,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らすと,少なくとも第1審判決によって上記無効主張が採用された後の原審の審理においては,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とするものを含めて早期に対抗主張を提出すべきであったと解される。そして,本件訂正審決の内容やXが1年以上に及ぶ原審の審理期間中に2度にわたって訂正審判請求とその取下げを繰り返したことにかんがみると,Xが本件訂正審判請求に係る対抗主張を原審の口頭弁論終結前に提出しなかったことを正当化する理由は何ら見いだすことができない。したがって,Xが本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは,原審の審理中にそれも早期に提出すべきであった対抗主張を原判決言渡し後に提出するに等しく,XとY1らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得ず,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らしてこれを許すことはできない。

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