事件の概要
X(原告・被控訴人)は,発明の名称を「液体インク収納容器,液体インク供給システムおよび液体インク収納カートリッジ」とする特許(以下,この特許を「本件特許」,この特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である。
本件特許権に係る特許請求の範囲は訂正審判により訂正されており,その請求項1の記載は,次のとおりである(以下,本件訂正後の請求項1に係る発明を「本件訂正発明1」,同請求項3に係る発明を「本件訂正発明2」という)。
【請求項1】 複数の液体インク収納容器を搭載して移動するキャリッジと,該液体インク収納容器に備えられる接点と電気的に接続可能な装置側接点と,前記キャリッジの移動により対向する前記液体インク収納容器が入れ替わるように配置され前記液体インク収納容器の発光部からの光を受光する位置検出用の受光手段を一つ備え,該受光手段で該光を受光することによって前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する液体インク収納容器位置検出手段と,搭載される液体インク収納容器それぞれの前記接点と接続する前記装置側接点に対して共通に電気的接続し色情報に係る信号を発生するための配線を有した電気回路とを有し,前記キャリッジの位置に応じて特定されたインク色の前記液体インク収納容器の前記発光部を光らせ,その光の受光結果に基づき前記液体インク収納容器位置検出手段は前記液体インク収納容器の搭載位置を検出する記録装置の前記キャリッジに対して着脱可能な液体インク収納容器において,前記装置側接点と電気的に接続可能な前記接点と,少なくとも液体インク収納容器のインク色を示す色情報を保持可能な情報保持部と,前記受光手段に投光するための光を発光する前記発光部と,前記接点から入力される前記色情報に係る信号と,前記情報保持部の保持する前記色情報とに応じて前記発光部の発光を制御する制御部と,を有することを特徴とする液体インク収納容器。
Y(被告・控訴人)は、各インクタンク(以下「Y各製品」と総称する。)の輸入,販売及び販売の申出をしている。
Xは,本件特許権に基づき,Yに対し,Y各製品の輸入,販売及び販売の申出が本件特許権の直接侵害及び間接侵害(特許法101条2号)に当たる旨主張して,Yに対し,特許法100条1項に基づき,Y各製品の輸入,販売等の差止めを求めた。
原審はXの請求を全部認容した。
Yは、これを不服とし、控訴した。
なお、Yは、控訴審において、自由技術の抗弁を主張している。主張の内容は、次の通りである。
『Y各製品の構成は以下のとおりである(以下「Y主張Y各製品構成」という。)。
「発光素子が取り付けられたインク収納容器であって,当該発光素子は,識別符号(IDナンバー)を記憶する記憶手段と,プリンターとの通信用インターフエース回路と,LEDとから構成され,通信用インターフエース回路はプリンタから送られてくるIDナンバーを認識し,IDナンバーと,記憶手段に記憶された自己のIDナンバーとが一致しているか否かを判別し,自己のIDナンバーと一致していると判別した場合,LEDを発光させる。」
そして,Y各製品は,本件特許の出願日までに既に公知となっていた技術を用いているものであるか,これらから極めて容易に推考できたものであるので,Yの行為には特許権侵害(間接侵害を含む。)は成立しない。
なお,自由技術の抗弁は,対象製品が特許出願前の公知技術であるか,又は,特許出願時において当業者が公知技術から極めて容易に推考できたものであることが要件であって,本件各訂正発明の構成要件との関係は問題とならない。』
判旨
Yは,Y各製品は,本件特許の出願日までに既に公知となっていた技術を用いているものであるか,これらから極めて容易に推考できたものであるから,本件特許権の直接侵害又は間接侵害は成立しない旨主張する。
しかし,自由技術の抗弁を特許権侵害訴訟における抗弁として認めることができるかどうかはともかくとして,同抗弁を主張する者は,少なくとも本件訂正発明1の全ての構成要件に対応する構成を備えた製品が本件特許の出願日において既に存在していたことを主張立証する必要があるところ(本件訂正発明2の関係においても同様の主張立証が必要である。),Yの上記主張は,Y各製品につき,本件訂正発明1の構成要件を考慮することなく,Y主張Y各製品構成のとおりに特定することを前提とするものであること,及び,本件特許の出願日における公知技術から極めて容易に推考できたものであるとの主張も含むものであり,そもそも自由技術の抗弁の主張とはいえず,主張自体失当であり,本件特許権の直接侵害又は間接侵害が成立しない旨の抗弁としてはこれを採用することはできない。
すなわち,本件訂正発明1は,引用する原判決認定のとおり,記録装置のキャリッジに着脱可能な液体インク収納容器に関するものであり,これに対応する記録装置(プリンタ)の構成と一組のものとして発明を構成するものであるから,Yとしては,Y各製品の構成を特定するに当たっては,本件訂正発明1における記録装置側の構成を含めて,その全ての構成要件に対応したY各製品の構成を特定して主張すべきである。Yは,上記構成を除いたY主張Y各製品構成を前提として同抗弁を主張するものであり,Yの上記主張はその前提において誤っており,これを採用することはできない。
なお,仮に,Yが,Y各製品につき,本件訂正発明1の全ての構成要件に対応するものとして特定して同抗弁を主張したとしても,Yが引用する文献には,「光照合処理」に関する記載も示唆もないので,本件訂正発明1の構成と同一の構成の製品が本件特許の出願日において存在したと認めることはできない。
注記:判決文には下線は引かれておりません。