事件の概要
A(特許出願人)は、平成16年8月13日,発明の名称を「太陽電池用平角導体及びその製造方法並びに太陽電池用リード線」とする特許出願(以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,本願発明に係る明細書を,図面を含めて「本願明細書」という。)をしたが、特許庁が,当該特許出願について拒絶査定としたため,Aは,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを審理し,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。
本件審決の理由は、要するに,本願発明は,特願2006−513698号(国際出願日:平成17年(2005年)5月18日)が優先権主張の基礎とする特願2004−152538号(平成16年5月21日出願。以下「先願基礎出願」という。)の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下,明細書及び図面を総称して,「先願基礎明細書」という。)に記載された発明(以下「先願基礎発明」という。)と実質的に同一である,というものである。
Aは、本件審決を不服とし、本件審決の取消訴訟を提起した。
その後、X(原告)は、Aを吸収合併した。
なお、Xは、本件審決の取消訴訟において、「本願発明と先願基礎発明とでは,発明の本質的部分である耐力に係る数値範囲が互いに相容れない。これに加えて,両者における課題及び効果に関する数値限定の技術的意義も互いに異なっているから,両発明が実質的に同一の発明であるということはできない。」旨主張している。
判旨
(1) 本願発明について
本願発明は,従来,太陽電池を構成する部材であるシリコン結晶ウェハを薄板化することに伴って生じる,シリコンセルや接続用リード線が反ったり破損したりすることを防止することを目的とするものである。本願発明は,太陽電池用平角導体の体積抵抗率を50μΩ・mm以下とすることにより,太陽電池としての発電効率を良好に維持し,高導電性を有する接続用リード線を提供できるのみならず,引張り試験における0.2%耐力値を90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることによって,はんだ接続後の導体の熱収縮によって生じるセルを反らせる力を,平角導体を塑性変形させることで低減し,セルの反りを減少させることができるという効果を奏するものである。
(2) 先願基礎発明について
先願基礎発明は,従来,はんだ付けの際に半導体基板に生じる熱応力を軽減し,半導体基板の薄肉化によるクラックの発生を防止するために,半導体材料と熱膨張差の小さい導電性材料からなるクラッド材を用いると,体積抵抗率が比較的高い合金材によって中間層が形成されるため,電気抵抗が高くなり,太陽電池の発電効率が低下するという問題を解決課題とするものである。先願基礎発明は,芯材の体積抵抗率を2.3μΩ・cm(23μΩ・mm)以下とすることにより,優れた導電性及び発電効率を得ることができるとともに,耐力を19.6ないし49MPaとすることによって,過度に変形することがなく,取扱い性が良好であり,半導体基板にはんだ付けする際に凝固過程で生じた熱応力により自ら塑性変形して熱応力を軽減解消することができるので,半導体基板にクラックが生じ難いという効果を奏するものである。
(3) 耐力に係る数値範囲について
ア 本願発明と先願基礎発明とは,体積抵抗率が23μΩ・mm以下である太陽電池用平角導体である点で一致する(その点で,体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下で一致するとする本件審決の認定は相当ではない。)にすぎず,引張り試験における0.2%耐力値については,本願発明は90MPa以下で,かつ49MPa以下を除いているため,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲(19.6〜49MPa)を排除している。
したがって,本願発明と先願基礎発明とは,耐力に係る数値範囲について重複部分すら存在せず,全く異なるものである。
イ 先願基礎発明は,耐力に係る数値範囲を19.6ないし49MPaとするものであるが,先願基礎明細書には,太陽電池用平角導体の0.2%耐力値を,本願発明のように,90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることを示唆する記載はない。また,半導体基板に発生するクラックが,半導体基板の厚さにも依存するものであるとしても,耐力に係る数値範囲を本願発明のとおりとすることについて,本件出願当時に周知技術又は慣用技術であると認めるに足りる証拠はないから,先願基礎発明において,本願発明と同様の0.2%耐力値を採用することが,周知技術又は慣用技術の単なる適用であり,中間層の構成や半導体基板の厚さ等に応じて適宜決定されるべき設計事項であるということはできない。
したがって,本願発明と先願基礎発明との相違点に係る構成(耐力に係る数値範囲の相違)が,課題解決のための具体化手段における微差であるということはできない。
ウ 本願発明は,前記(1)のとおり,耐力に係る数値範囲を90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることによって,はんだ接続後の導体の熱収縮によって生じるセルを反らせる力を平角導体を塑性変形させることで低減させて,セルの反りを減少させるものである。
これに対し,先願基礎発明は,前記(2)のとおり,耐力に係る数値範囲を19.6ないし49MPaとすることによって,半導体基板にはんだ付けする際に凝固過程で生じた熱応力により自ら塑性変形して熱応力を軽減解消させて,半導体基板にクラックが発生するのを防止するというものである。
そうすると,両発明は,はんだ接続後の熱収縮を,平角導体(芯材)を塑性変形させることで低減させる点で共通しているものの,本願発明は,セルの反りを減少させることに着目して耐力に係る数値範囲を決定しており,他方,先願基礎発明は,半導体基板に発生するクラックを防止することに着目して耐力に係る数値範囲を決定しているのであって,両発明の課題が同一であるということはできない。
(4) Y(被告)の主張について
Yは,本願発明及び先願基礎発明は,いずれもシリコン結晶ウェハを薄板化した際に生じる問題を解決するために,平角導体(芯材)を塑性変形させることによって,はんだ付けする際の熱応力を低減させる点において,共通の技術的思想に基づく発明であるところ,本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことに格別の技術的意義を見いだすことはできないから,当該事項について設計的事項を定めた以上のものということはできず,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲も,設計上適宜に定められたものにすぎないから,当該数値範囲に限られるものではなく,本願発明及び先願基礎発明における耐力に係る数値範囲の特定についての相違は,発明の実施に際し,適宜定められる設計的事項の相違にとどまるものであって,発明として格別差異を生じさせるものではないと主張する。
しかしながら,前記のとおり,本願発明はセルの反りを減少させることに,先願基礎発明はクラックを防止することに,それぞれ着目して,耐力に係る数値範囲を決定しているのであるから,両発明の課題は異なり,共通の技術的思想に基づくものとはいえないから,Yの主張は,その前提自体を欠くものである。
また,前記のとおり,本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことが,設計上適宜に定められたものにすぎないということはできず,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲についても,同様に,設計上適宜に定められたものにすぎないということはできない。
したがって,Yの上記主張は,採用することができない。
(5) まとめ
よって,本件審決の相違点に係る判断は誤っている旨のXの取消事由の主張は理由がある。
注記:下線は、判決文では引かれておりません。