事件の概要
X1(原告・控訴人・被上告人)は,発明の名称を「生体高分子−リガンド分子の安定複合体構造の探索方法」とする特許権(以下「本件特許権」という。)を有する特許権者である。
X1は,本件特許権について,X2に対し,範囲を全部とする専用実施権を設定している。
X1らは、Y(被告・被控訴人・上告人)に対し,本件特許権の侵害を理由として,本件物件の販売の差止めを求めた。
一審は、特許権に専用実施権が設定されている場合には、設定行為により専用実施権者がその特許発明の実施する権利を専有する範囲については、差止請求権を行使することができるのは専用実施権者に限られ、特許権者は差止請求権を行使できない等として、X1らの請求を棄却した。これに対し、X1らは控訴した。
原審では、専用実施権を設定した特許権者も差止請求権を有すると判断すると共に、Yの本件特許権侵害も肯定し、X1らの請求を認容した。
Yは、これを不服として、上告した。
判旨
特許権者は,その特許権について専用実施権を設定したときであっても,当該特許権に基づく差止請求権を行使することができると解するのが相当である。その理由は,次のとおりである。
特許権者は,特許権の侵害の停止又は予防のため差止請求権を有する(特許法100条1項)。そして,専用実施権を設定した特許権者は,専用実施権者が特許発明の実施をする権利を専有する範囲については,業としてその特許発明の実施をする権利を失うこととされている(特許法68条ただし書)ところ,この場合に特許権者は差止請求権をも失うかが問題となる。特許法100条1項の文言上,専用実施権を設定した特許権者による差止請求権の行使が制限されると解すべき根拠はない。また,実質的にみても,専用実施権の設定契約において専用実施権者の売上げに基づいて実施料の額を定めるものとされているような場合には,特許権者には,実施料収入の確保という観点から,特許権の侵害を除去すべき現実的な利益があることは明らかである上,一般に,特許権の侵害を放置していると,専用実施権が何らかの理由により消滅し,特許権者が自ら特許発明を実施しようとする際に不利益を被る可能性があること等を考えると,特許権者にも差止請求権の行使を認める必要があると解される。これらのことを考えると,特許権者は,専用実施権を設定したときであっても,差止請求権を失わないものと解すべきである。
以上によれば,Xが本件特許権に基づく差止請求権を行使することができるとした原審の判断は,正当として是認することができる。