事件の概要
X(原告)は、発明の名称を「作業機用アクチュエータと旋回駆動装置を備える建設機械」とする発明について特許出願したところ、拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服審判を請求した。
特許庁は,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決をした。
Xは,これを不服とし、提訴した。
なお、審決に至る経緯は、次の通りである。
ア 平成21年8月13日付けの拒絶理由通知においては,引用例2を主引用例とし,周知例3及び2を副引用例として,出願当初の発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした。そこで,Xは,平成21年10月23日付けで意見書を提出するとともに,同日付けの手続補正書により明細書について補正する手続補正をした。
イ 平成22年3月25日付けの拒絶査定においては,引用例2を主引用例とし,周知例3及び2を副引用例とし,引用例1を周知の技術事項の例として,本願発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした。そこで,Xは,平成22年7月16日,これに対する不服の審判を請求し,同日付けで,本件補正をした。
ウ 平成23年1月31日付けの書面による審尋においては,引用例3を主引用例,引用例4及び周知例1を副引用例とし,周知例3及び2を周知の技術事項の例として,本願補正発明について当業者が容易に発明することができたものであるとした。そこで,Xは,同年4月21日付けで回答書を提出した。
エ 本件審決は,引用例1を主引用例とし,引用例2ないし4を副引用例とし,周知例1ないし3を周知の技術事項の例として,本願補正発明及び本願発明のいずれについても当業者が容易に発明することができたものである旨判断した。
オ 以上のとおり,本件審決は,本願発明の容易想到性の判断において,拒絶理由通知及び拒絶査定で主引用例とされた引用例2ではなく,拒絶査定で周知の技術事項として例示された引用例1を主引用例に格上げした上で,容易に想到できると判断した。
判旨
ア 一般に,本願発明と対比する対象である主引用例が異なれば,一致点及び相違点の認定が異なることになり,これに基づいて行われる容易想到性の判断の内容も異なることになる。したがって,拒絶査定と異なる主引用例を引用して判断しようとするときは,主引用例を変更したとしても出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情がない限り,原則として,法159条2項にいう「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるものとして法50条が準用されるものと解される。
イ 本件においては,引用例1又は2のいずれを主引用例とするかによって,本願発明との一致点又は相違点の認定に差異が生じる。拒絶査定の備考には,「第1及び第2のインバータを,電源に接続されるコンバータに接続することは,周知の事項であって(必要があれば,特開平7−213094号公報を参照。)…」と記載されていることから,審判合議体も,主引用例を引用例2から引用例1に差し替えた場合に,上記認定の差異が生じることは当然認識していたはずである。
ウ そして,引用発明2を主引用例とする場合には,交流発電機(交流電源)を用いた場合の問題点の解決を課題として考慮すべきであるのに対し,引用発明1を主引用例として本願発明の容易想到性を判断する場合には,引用例2のような交流/直流電源の相違が生じない以上,上記解決課題を考慮する余地はない。
そうすると,引用発明1又は2のいずれを主引用例とするかによって,引用発明2の上記解決課題を考慮する必要性が生じるか否かという点において,容易想到性の判断過程にも実質的な差異が生じることになる。
エ 本件において,新たに主引用例として用いた引用例1は,既に拒絶査定において周知技術として例示されてはいたが,Xは,いずれの機会においても引用例2との対比判断に対する意見を中心にして検討していることは明らかであり,引用例1についての意見は付随的なものにすぎないものと認められる。
そして,主引用例に記載された発明と周知技術の組合せを検討する場合に,周知例として挙げられた文献記載の発明と本願発明との相違点を検討することはあり得るものの,引用例1を主引用例としたときの相違点の検討と同視することはできない。
また,本件において,引用例1を主引用例とすることは,審査手続において既に通知した拒絶理由の内容から容易に予測されるものとはいえない。
なお,Xにとっては,引用発明2よりも不利な引用発明1を本件審決において新たに主引用例とされたことになり,それに対する意見書提出の機会が存在しない以上,出願人の防御権が担保されているとはいい難い。
よって,拒絶査定において周知の技術事項の例示として引用例1が示されていたとしても,「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるといわざるを得ず,出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情が存在するとはいえない。
(5) 小括
以上のとおり,本件審決が,出願人に意見書提出の機会を与えることなく主引用例を差し替えて本願発明が容易に発明できると判断したことは,「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるにもかかわらず,「特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならない」とする法159条2項により準用される法50条に違反するといわざるを得ない。そして,本願発明の容易想到性の判断に係る上記手続違背は,審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
よって,取消事由3は,理由がある。
注記:下線は、判決文では引かれておりません。