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平成22(行ケ)10178 審決取消請求事件

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事件の概要

 X(原告)は,発明の名称を「ジドブジン,1592U89および3TCまたはFTCの相乗的組み合わせ」とする発明について特許出願をし,これについて特許(以下、「本件特許」という。)を受けた特許権者である。
 Xは,本件特許につき,特許権の存続期間の延長登録の出願をしたところ、拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服審判を請求した。
 特許庁は,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をした。
 Xは、これを不服とし、提訴した。

判旨

 当裁判所は,本件出願に対し,本件先行処分があったことを理由として,本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとした審決の判断には,特許法67条の3第1項1号の解釈・適用の誤りがあり,その誤りは,審決の結論に影響するから,審決を取り消すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
 従来,先行処分がされた後に,さらに処分(後行処分)がされ,後行処分があったことを理由とする延長登録の出願の可否が争われた事案においては,仮に先行処分を理由として存続期間が延長された場合(なお,本件においては,先行処分に基づく存続期間の延長はされていない。)には,その特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという観点(特許法68条の2)を踏まえて検討されてきた。本件においても,例外ではなく,審決は,特許法67条の3第1項1号の解釈に当たっては,同法68条の2の規定と整合させるべきであるなどとして,結論を導いている。
 しかし,仮に先行処分を理由として存続期間が延長された場合に,特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという論点は,特許法67条の3第1項1号の要件の充足性(特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否か)と,常に直接的に関係する事項であるとはいえない。むしろ,本件を含む,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を検討することが必須である。そこで,この観点から検討する。
1 取消事由1(特許法67条の3第1項1号の解釈・適用の誤り)について
 審決は,本件先行処分が本件処分の前にされていたから,本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとして,本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当し,特許権存続期間の延長登録を受けることができないと判断した。
 しかし,審決の上記判断には,以下のとおり誤りがある。
(1) 特許法67条の3第1項1号の趣旨等
ア 特許法67条の3第1項1号の要件
 特許法67条の3第1項は,柱書きにおいて,「審査官は,特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号の一に該当するときは,その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と,1号において,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,それぞれ規定している。
 上記規定によれば,特許法の存続期間の延長登録の出願に関し,同条1項1号所定の拒絶査定をするための処分要件は,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」のみであり,また,その主張,立証責任は,拒絶査定をする被告において負担すると解すべきである。
イ 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨
 特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は,以下のとおりである。
 すなわち,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明を実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも,このような期間においても,特許権者が「業として特許発明の実施をする権利」を専有していることに変わりはなく,特許権者の許諾を受けずに特許発明を実施する第三者の行為について,当該第三者に対して,差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって,特許権者の被る不利益の内容として,特許権のすべての効力のうち,特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものである。)。そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,一般の開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせるため,そのような不都合を解消させて,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明を実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。
 なお,政令で定められた薬事法の承認や農薬取締法の登録は,いわゆる講学上の許可に該当し,製造販売等の行為が,一般的抽象的に禁止され,各行政法規に基づく個別的具体的な処分を受けることによってはじめて,当該行為を行うことが許されるものであるから,特許権者が,許可を得ようとしない限り,当該製造販売等の行為を禁止された法的状態が継続することになる。しかし,特許法は,特許権者が,許可を得ようとしなかった期間も含めて,特許発明を実施することができなかったすべての期間(5年の限度はさておいて)について,存続期間延長の算定の基礎とするのではなく,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった期間,すなわち,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間に限って,存続期間延長の対象とするものである。この点については,「その特許発明の実施をすることができない期間」とは,「政令で定める処分」を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちのいずれか遅い方の日から,当該「政令で定める処分」が申請者に到達することにより処分の効力が発生した日の前日までの期間を意味するとした判例(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日・民集53巻7号1270頁参照)からも明らかである。(なお,政令で定められた薬事法の承認行為に,安全性等を確認するという公認的な性格があったとしても,承認行為が,一般的抽象的に禁止された法的状態を解消させるという法律効果を有することに対し,何らかの影響を与えるものではない。)。
 このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長するという方法を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。
 そうとすると,「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,@「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと,及びA「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。
 以上の点を前提として整理する。特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が,延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,@「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,A「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかを論証する必要があるということになる(なお,特許法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし,「政令で定める処分」の存在及びその内容については,出願人が主張,立証すべきものと解される。)。換言すれば,審決において,そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできないというべきである。
(2) 本件事案について
 上記(1) の観点に基づき,本件出願について,特許法67条の3第1項1号の要件に該当する事実,すなわち,@「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,A「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかの立証が尽くされているか否かを検討する。
 まず,認定事実及び弁論の全趣旨によれば,本件処分の対象である本件医薬品は,本件特許の設定登録日(平成9年5月2日)よりも後である平成13年6月13日に臨床試験が開始され,平成16年12月24日に本件処分を受けたことが認められる。これに対して,被告は,本件処分によっては本件医薬品の製造等に係る禁止が解除されていないことを立証しない。したがって,前記@の要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえない」との要件を充足していない。
 次に,認定事実及び弁論の全趣旨によれば,本件特許に係る専用実施権者であるグラクソ・スミスクライン株式会社が本件処分を受けたが,本件処分の対象となった物は「ラミブジンおよび硫酸アバカビル」,処分の対象となった物について特定された用途は「HIV感染症」であり,本件医薬品はラミブジンと硫酸アバカビルの合剤であること,本件発明1は,「【請求項1】(1S,4R)−シス−4−[2−アミノ−6−(シクロプロピルアミノ)−9H−プリン−9−イル]−2−シクロペンテン−1−メタノール(1592U89)またはその生理学的機能性誘導体および(2R,シス)−4−アミノ−(2−ヒドロキシメチル−1,3−オキサチオラン−5−イル)−(1H)−ピリミジン−2−オン(3TC)またはその生理学的機能性誘導体を含む医薬組成物。」であることが認められる。他方,本件医薬品はラミブジンと硫酸アバカビルとの合剤であるが,硫酸アバカビルが「(1S,4R)−シス−4−[2−アミノ−6−(シクロプロピルアミノ)−9H−プリン−9−イル]−2−シクロペンテン−1−メタノール(1592U89)」の「生理学的機能性誘導体」に,ラミブジンが「(2R,シス)−4−アミノ−(2−ヒドロキシメチル−1,3−オキサチオラン−5−イル)−(1H)−ピリミジン−2−オン(3TC)」にそれぞれ該当する(弁論の全趣旨)。そうすると,本件医薬品は本件発明1のすべての構成要件を充足し,その技術的範囲に属し,本件医薬品の製造は,本件発明の実施に該当する行為に含まれると解される(この点につき,被告は明らかに争わない。)。一方,被告は,本件処分によって禁止が解除された行為(本件医薬品の製造)が本件発明の実施に該当する行為に含まれないことを立証しない。したがって,前記Aの要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれない」との要件も充足しないといえる。
 なお,本件処分の前である平成12年3月29日に,本件先行処分が存在し,本件先行処分を受けたのは,本件特許に係る現在の専用実施権者とであるグラクソ・ウェルカム株式会社(同社は,合併によりグラクソ・スミスクライン株式会社となった。)である。しかし,本件先行処分の存在によってもなお,薬事法上,本件医薬品の製造には本件処分を受けることが必要であったものであるから,上記の点は結論を左右しない。
 したがって,本件出願について,特許法67条の3第1項1号の要件に該当する事実があるといえず,本件出願が同号に該当するとしてこれを拒絶した審決には誤りがあり,結論に影響を及ぼすことは明らかである。

注記:下線は、判決文では引かれておりません。

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