事件の概要
X(原告・控訴人=附帯被控訴人・上告人)は、「シャネル」の表示が付された高級婦人服、香水、化粧品、ハンドバッグ、靴、アクセサリー、時計等の製品の製造販売等を目的とする企業により構成される企業グループ(以下「シャネル・グループ」という。)に属し、「シャネル」の表示等につきシャネル・グループの商標権等の知的財産権を有し、その管理を行うスイス法人である。
シャネル・グループは、いわゆるパリ・オートクチュールの老舗として世界的に知られ、シャネル・グループに属する世界各地の会社の営業表示である「シャネル」の表示は、我が国においても、昭和三〇年代の初めころには周知となり、シャネル製品は、一般消費者に高級品のイメージを持たれるものとなっている。なお、シャネル・グループの属するファッション関連業界の企業は、飲食業にも進出するなど、その経営が多角化する傾向にある。
Y(被告・被控訴人=附帯控訴人・被上告人)は、昭和五九年一二月、A 県 B 市内の賃借店舗において、「スナックシャネル」の営業表示を使用し、サインボードにこれを表示して飲食店を開店した。同店は、Yの外に従業員一名及びアルバイト一名が業務に従事し、一日数組の客に対し酒類と軽食を提供している。Yは、本件訴訟が提起された後である平成五年七月、右飲食店に使用していたサインボード四枚のうち一枚の表示を「スナックシャレル」に変更したが、残り三枚のサインボードについては、現在でも「スナックシャネル」の表示を使用している(以下、この二つの表示を合わせて「Y営業表示」という。)。
Xは、Yに対し、YがXの営業表示として周知である「シャネル」と類似する営業表示を使用して上告人の営業と混同を生じさせているとして、「シャネル」「シャレル」その他「シャネル」に類似する表示の使用差止め及びXが被った損害の賠償を求めて提訴した。
一審は、「現在ファッション関連業界を始めとする各企業の経営の多角化は社会的趨勢であること、シャネルの営業表示の周知性の高さやXとYの営業表示の近似性等の諸事情を考慮すると、一般消費者が、Xを含むシャネル社とYが、業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤認・混同するおそれがあり、Yの行為は、Xの営業上の施設又は活動混同を生じさせるものと認められるとして、差止請求を認めると共に損害賠償請求の一部を認容した。これに対し、Xは控訴、Yは付帯控訴した。
原審は、(1)Y営業表示は、いずれも「シャネル」の表示と類似するが、(2)Yの営業の種類、内容、規模等に照らすと、YがY営業表示を使用することにより、一般の消費者において、Yがシャネル・グループと業務上、経済上又は組織上何らかの関係が存するものと誤認するおそれがあるとは認め難く、Y営業表示の使用がシャネル・グループの営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為に当たるものと認めることはできないと判示して、Xの請求を棄却した。
Xは、これを不服として、上告した。
判旨
旧不正競争防止法(平成五年法律第四七号による改正前のもの。以下、これを「旧法」といい、右改正後のものを「新法」という。)一条一項二号に規定する「混同ヲ生ゼシムル行為」とは、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が自己と右他人とを同一営業主体として誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させる行為(以下「広義の混同惹起行為」という。)をも包含し、混同を生じさせる行為というためには両者間に競争関係があることを要しないと解すべきことは、当審の判例とするところである(最高裁昭和五七年(オ)第六五八号同五八年一〇月七日第二小法廷判決・民集三七巻八号一〇八二頁、最高裁昭和五六年(オ)第一一六六号同五九年五月二九日第三小法廷判決・民集三八巻七号九二〇頁)。
本件は、新法附則二条により新法二条一項一号、三条一項、四条が適用されるべきものであるが、新法二条一項一号に規定する「混同を生じさせる行為」は、右判例が旧法一条一項二号の「混同ヲ生ゼシムル行為」について判示するのと同様、広義の混同惹起行為をも包含するものと解するのが相当である。けだし、(一)旧法一条一項二号の規定と新法二条一項一号の規定は、いずれも他人の周知の営業表示と同一又は類似の営業表示が無断で使用されることにより周知の営業表示を使用する他人の利益が不当に害されることを防止するという点において、その趣旨を同じくする規定であり、(二)右判例は、企業経営の多角化、同一の表示の商品化事業により結束する企業グループの形成、有名ブランドの成立等、企業を取り巻く経済、社会環境の変化に応して、周知の営業表示を使用する者の正当な利益を保護するためには、広義の混同惹起行為をも禁止することが必要であるというものであると解されるところ、このような周知の営業表示を保護する必要性は、新法の下においても変わりはなく、(三)新たに設けられた新法二条一項二号の規定は、他人の著名な営業表示の保護を旧法よりも徹底しようとするもので、この規定が新設されたからといって、周知の営業表示が保護されるべき場合を限定的に解すべき理由とはならないからである。
これを本件についてみると、Yの営業の内容は、その種類、規模等において現にシャネル・グループの営む営業とは異なるものの、「シャネル」の表示の周知性が極めて高いこと、シャネル・グループの属するファッション関連業界の企業においてもその経営が多角化する傾向にあること等、本件事実関係の下においては、Y営業表示の使用により、一般の消費者が、Yとシャネル・グループの企業との間に緊密な営業上の関係又は同一の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信するおそれがあるものということができる。したがって、YがXの営業表示である「シャネル」と類似するY営業表示を使用する行為は、新法二条一項一号に規定する「混同を生じさせる行為」に当たり、Xの営業上の利益を侵害するものというべきである。
そうすると、原判決中、これと異なる判断の下に、Y営業表示に関するXの使用差止め及び損害賠償の請求を棄却すべきものとした部分には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。