事件の概要
X(原告)は,「激馬かなぎカレー」の標準文字から成る商標(以下「本件商標」という。)につき,指定役務を第43類「食材に馬肉を用いたカレー料理を主とする飲食物の提供」として商標登録(以下「本件商標登録」という。)を受けている商標権者である。
Y(被告)は、本件商標の登録出願はYの新商品開発に便乗し,商標を剽窃する目的でされたもので,公序良俗に反する(商標法第4条第1項第7号)として,登録異議の申立てをした。
特許庁は,これを審理し,本件商標の登録は公序良俗に反するとして,これを取り消すとの決定をした。
Xは、これを不服とし、提訴した。
判旨
1 証拠及び弁論の全趣旨によれば,@青森県北津軽郡の旧金木(かなぎ)町は,作家「太宰治」の出身地であり,古民家が多く現存しているなどの伝統があったが,平成17年のいわゆる平成の大合併により,五所川原市に金木町の名前を残して合併されたところ,Yは,金木町及び周辺の住民に対し,地域伝統文化・芸術を活用した観光振興事業や地域経済活性化を図るための各種事業を行い,社会全体の利益の増進に寄与することを目的として設立され,金木町の住民らが理事を構成しているが,地域主体が自主的に地域の活性化に取り組み,国が経費を支出する事業である「地方の元気再生事業」の一環として,金木地区(金木町)による文化の伝承,交流・体験活動に関する諸活動の実施である「文化伝承・体験学習施設『かなぎ元気村〜かだるべぇ〜』創立事業」を立ち上げ,「太宰ミュージアム」構想を採用し,太宰生誕100年に当たる平成21年に「太宰検定」の開催にこぎつけるとともに,その事業の一環として,金木町内外のメンバーで構成する委員会を設置して検討を重ね,金木町が馬肉の産地であることから,平成22年2月ころまでに,馬肉を使用したカレーを開発したこと,AYは,金木町特産の馬肉を使用したカレーであることから,「激馬(げきうま)かなぎカレー」と名付けて同月17日に発表し,この発表に関する記事が翌18日の新聞「東奥日報」,「陸奥日報」に掲載されたこと,BXは金木町内で飲食店「A」を経営しているが,同月25日,Yが主宰する太宰にちなんだ活動「太宰ミュージアム」の参加申込みをし,このころ上記商品のレシピを受け取り,説明を受けたこと,CXはその後,自身が営業する飲食店「A」で馬肉を使用したカレーの提供を始め,同年3月27日の新聞「東奥日報」,「陸奥日報」の上記商品「激馬かなぎカレー」に関する記事には,これがYが開発した商品であり,その提供店の一つとしてXが営業する飲食店「A」が挙げられていることが認められる。また,証拠及び弁論の全趣旨によれば,DYの担当者が,平成22年3月2日及び16日,国土交通省東北地方整備局の担当官に対し,「激馬かなぎカレー」の商標登録出願をしてよいか確認したところ,本件事業が完了する前に出願をすることは差し控えられたい旨を告げられたので,Yは「激馬かなぎカレー」の名称について商標登録出願をしなかったこと,EXは,同月2日,Yに連絡をすることなく本件商標の登録出願をし,同年7月14日に登録査定を受けたが,Yの担当者は同月26日に至って初めてXの上記出願の事実を知ったこと,FYの担当者らは,同年9月ころ,Xに対し,本件商標権の譲受けを申し入れたが拒絶されたこと,その後,当初はYからも相談を受けていた本訴のX訴訟代理人弁理士を通じ,有償で通常使用権を設定する用意があるとの連絡をXから受けたこと(Xは自ら発言していないと主張するかのようであるが,少なくとも,訴訟代理人弁理士がYの担当者に対し,10年間で30万円を支払えば,Xが通常使用権を設定すると伝えた事実が認められる。),GYは,同年11月15日,特許庁に対して本件の異議申立てをするとともに,同年12月3日,五所川原簡易裁判所に民事調停を申し立てたが,Xは,Yへの本件商標権の放棄ないし譲渡についても(Yは商標登録の手続費用負担を提案している。),社団法人五所川原市観光協会等の第三者に対する譲渡についても拒否し,有償の通常使用権設定を主張したため,民事調停は不調に終わったこと,HYは,平成23年10月26日に指定商品を第29類「馬肉,馬肉入りカレー」等,第30類「馬肉を主原料とするカレー入りうどん」等とし,平成24年4
月27日に指定役務を第43類「馬肉を使用したカレー料理を主とする飲食物の提供」として,それぞれ図形入りの「激馬かなぎカレー」の商標の登録出願をしたこと,の経緯が認められる。
これらの経緯からすれば,地域住民及び商店のために活動するYが,国の経費支出を受け,伝統ある金木町全体の地域活性化のために行う本件事業の一環として,金木町特産の馬肉を使用したカレーを開発し,その名称「激馬かなぎカレー」を考案したにもかかわらず,金木町内で飲食店を営むXが,Yの活動に参加したに止まるのに,Yにおいて上記名称に係る商標登録出願をしていないのに乗じて,本件商標の登録出願に及んだものと評価せざるを得ない。また,XがYからの本件商標権の譲受けの申入れに応じず,Yが特定非営利活動法人であることからみて必ずしも少額とはいえない金額の対価による通常使用権の設定にこだわっていることにかんがみると,Xの意図次第で,Yや金木町内の他の飲食店等が本件商標の使用を妨げられることにもなる。だとすると,「(Xの本件出願は)該事業の遂行を阻止し,公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら,『激馬かなぎカレー』の名称による利益の独占を図る意図でしたものであって,剽窃的なものといわなければならない。」との決定の判断は是認することができる。
2 結局,決定がした公序良俗違反の判断に誤りはなく,本件商標の登録を取り消した決定の判断に違法はない。
注記:下線は、判決文では引かれておりません。