事件の概要
X(原告)は、上頭の部分に「SHUPPAN DAIGAKU」の欧文字を配し,その下に,地球儀をデザインした図案を中心とした図形を表し(地球儀をデザインした図案部分は,虫眼鏡を通して開いた書籍に描かれている地球儀を拡大して見ているかのように表現されたもの。),虫眼鏡の取っ手部分を中心にして,黒塗りで弓なりの帯状に表された形状の中に,「出版大学」の漢字を白抜きで印象付けて表して成る商標(以下「本願商標」という。)につき,第41類「技芸・スポーツ又は知識の教授,セミナーの企画・運営又は開催,電子出版物の提供,図書及び記録の供覧,書籍の制作,教育・文化・娯楽・スポーツ用ビデオの制作(映画・放送番組・広告用のものを除く。),興行の企画・運営又は開催(映画・演劇・園芸・音楽・演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。),通訳,翻訳」を指定役務として、商標登録出願(以下「本願」という。)をしたが,拒絶査定を受けたので,拒絶査定不服審判を請求した。
これに対し,特許庁は,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決(以下「審決」という。)をした。
Xは、これを不服とし、提訴した。
判旨
1 本願商標
本願商標は,頭の部分に「SHUPPAN DAIGAKU」の欧文字を配し,その下に,地球儀をデザインした図案を中心とした図形を表し(地球儀をデザインした図案部分は,虫眼鏡を通して開いた書籍に描かれている地球儀を拡大して見ているかのように表現されたものであることが看て取れる。),虫眼鏡の取っ手部分を中心にして,黒塗りで弓なりの帯状に表された形状の中に,「出版大学」の漢字を白抜きで印象付けて表して成るものである。
このような文字と図形から成る本願商標からは,「しゅっぱんだいがく」の称呼を生じさせることは明らかであって,後記学校教育法の規定を念頭に置くまでもなく,「出版大学」の文字から,最高学府に位置し,「出版」について教授し研究する教育機関との観念を生じさせることも明らかである。
2 「出版」に関する学術研究等の存在について
(1) 証拠よれば,以下の事実を認めることができる。
ア 「日本出版学会」という名称の学会が存在し,この学会には,学術出版研究部会,出版技術研究部会,出版著作権研究部会,出版法制研究部会等の部会が設けられている。平成18年(2006年)3月には,この学会の関西部会において,「出版学・編集学を大学でどう教えるか」との演題で講義が行われた。
イ 清水英夫著「出版学と出版の自由〜出版学論文選」(平成7年5月初版,日本エディタースクール出版部)には,「出版学は,一言で言えば,社会現象としての“出版”を科学的に研究し,これを一個の独自な学問として体系化することである。」との記載がある。
ウ 龍谷大学文学部日本語日本文学学科には,学問分野で区分した4つのコースがあり,その中の1つとして情報出版学コースが設けられている。同大学のホームページでは,情報出版学コースの紹介欄において,同コースにつき,「言語・記号やイメージ(画像・映像)による情報と,それを生み出した社会や文化について研究します。」と,情報出版学につき,「情報出版学は,情報化社会のニーズから生まれ,社会とともに発展する学問分野です。・・・文献がどのように創出され,受け継がれ,出版の際にどのような工夫がなされてきたかを,歴史・背景をふまえながら学びます。」と説明している。
エ 東北芸術工科大学文芸学科には編集コースが設けられ,大阪芸術大学文芸学科では出版・編集がカリキュラムとして組み込まれ,実践女子短期大学の日本語コミュニケーション学科には出版編集コースが設けられている。
(2) 上記事実によれば,日本においては学問分野の1つとして「出版学」と称される学問領域が存在し,出版に関する学術研究等がされ,大学における教授の対象となっていることが認められる。
3 大学の名称について
学校教育法に基づいて設置された既存の大学として,「健康科学大学」,「サイバー大学」,「産業医科大学」,「電気通信大学」,「人間環境大学」,「人間総合科学大学」,「ビジネス・ブレークスルー大学」,「佛教大学」,「保健医療大学」,「流通科学大学」及び「流通経済大学」といった大学が存在することが認められ,これらの大学の名称からすれば,「教育内容を想起させる語+『大学』」という組合せのみからなる名称の大学が少なからず存在する。
4 商標法4条1項7号該当性について
このように,日本においては学問ないし学術分野として「出版学」と称して,出版に関する学術の研究等がなされ,大学における教授の対象となっていること,「教育内容を想起させる語+『大学』」という組合せからなる名称の大学が少なからず存在することからすれば,本願商標を構成する「出版大学」の文字部分は,学校教育法に基づいて設置された大学の名称を表示したものであるかのように看取され観念される可能性が高いというべきである。
そして,本願商標の指定役務には「技芸・スポーツ又は知識の教授」があり,この中には,学校教育法で定める学校において知識等を教授し又は教育する役務が含まれるところ,学校教育法に基づいて設置された大学の名称(出版大学)と看取される可能性の高い文字部分を含む本願商標を上記役務に使用するときには,これに接する一般需要者に対し,当該役務の提供主体が,あたかも学校教育法に基づいて設置された大学であるかのような誤認を生じさせるおそれがあるというべきである。
学校教育法は,1条で「この法律で,学校とは,幼稚園,小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,特別支援学校,大学及び高等専門学校とする。」,3条で「学校を設置しようとする者は,学校の種類に応じ,文部科学大臣の定める設備,編制その他に関する設置基準に従い,これを設置しなければならない。」,135条1項で「専修学校,各種学校その他第1条に掲げるもの以外の教育施設は,同条に掲げる学校の名称又は大学院の名称を用いてはならない。」と規定しているところ,これは,一定の教育又は研究上の設置目的を有し,法令に定める設置基準等の条件を具備する同法1条に定める学校の教育を公認するとともに,1条に掲げる学校以外の教育施設が1条掲記の「学校の名称」を用いることによって,これに接した者が当該教育施設の基本的性格について誤った認識を持ち,不利益を被らないようにするためのものと解される。
このような学校教育法の規定からすると,「大学」との名称を用いる教育施設は,学校教育法所定の最高学府であると一般に認識されるものであるから,本願商標によって生じる前記のような観念からすると,本願商標が使用される役務次第では,このような意味を持つ「出版」という学問,研究分野についての大学に関連する商標との認識が持たれることになりかねない。
したがって,本願商標は公の秩序を害するおそれがある商標というべきであり,本願商標が商標法4条1項7号に該当するとした審決の認定,判断に誤りはない。
注記:下線は、判決文では引かれておりません。