事件の概要
X(原告)は、中央に大きく毛筆体様文字で「潤煌」の文字を配し,その上段に横書きでそれと縦横ともに約4分の1の大きさの楷書体様文字で「本草製薬の」の文字を配し,「潤」と「煌」との間に赤地の四角形内に白抜きで小さく「うるおう」の文字を縦書きした構成からなる商標(以下「本願商標」という。)につき,第29類「コラーゲンを主原料とする錠剤状・カプセル状・顆粒状・粉末状・液状・ゼリー状・ブロック状・飴状・軟カプセル状・粒状・スティック状又はペースト状の加工食品等」及び第32類「コンドロイチン・グルコサミン・コラーゲンを含有する清涼飲料,清涼飲料,果実飲料,ビール製造用ホップエキス,乳清飲料,飲料用野菜ジュース」を指定商品とする商標登録出願(以下「本願」という。)をしたが,拒絶査定を受けたので,拒絶査定不服審判を請求した。
これに対し,特許庁は,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決(以下「審決という。)をした。
Xは、これを不服とし、提訴した。
判旨
1 本願商標と各引用商標との類否について
(1) 商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品・役務に使用された場合に,商品・役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品・役務に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品・役務の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。そして,商標の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品・役務につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず,したがって,これら3点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違することその他取引の実情等によって,何ら商品・役務の出所の誤認混同をきたすおそれの認めがたいものについては,これを類似商標と解することはできないというべきである(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標について,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者・需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合を除き,許されないというべきである(最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,同平成5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,同平成20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照。)
そこで,以上の観点に立って,本願商標と引用商標1ないし3との類否について検討する。
(2) 本願商標と引用商標1との類否(取消事由1)
ア 外観
(ア) 本願商標
本願商標は,中央に大きく毛筆体様文字で「潤煌」の文字を配し,その上段に横書きでそれと縦横ともに約4分の1の大きさの楷書体様文字で「本草製薬の」の文字を配し,「潤」と「煌」との間に赤地の四角形内に白抜きで小さく「うるおう」の文字を縦書きした構成からなる結合商標と認められる。
(イ) 引用商標1
引用商標1は,上段に楷書体様文字で「潤甦」の文字を横書きし,下段にそれと1文字分がほぼ同じ大きさの欧文字で「JUNKOU」の文字を横書きした構成からなるものであり,1文字分の大きさがほぼ同一なため,文字数の多い下段の「JUNKOU」が横に大きく広がっており,全体として台形状に見える結合商標である。
(ウ) 対比
以上のとおり,両商標の外観が共通するのは,その構成部分に漢字2文字の部分を有し,そのうちの一文字が「潤」であることのみであって,全体的に観察すると,両商標の外観は著しく異なる。
イ 観念
(ア) 本願商標
「潤煌」については,強いていえば,「うるおってきらめく」という観念が生じる余地はあるが,もともと成語ではなく特定の観念は生じないものと認められる。
(イ) 引用商標1
「潤甦」については,強いていえば,「うるおいがよみがえる」あるいは「うるおってよみがえる」という観念が生じる余地があるが,もともと成語ではなく特定の観念は生じないものと認められる。また,「JUNKOU」からも特定の観念は生じない。
(ウ) 対比
以上のとおり,両商標とも特定の観念を生じるとは認められないから,観念において比較することはできず,観念が同一又は類似するということはできない。
ウ 称呼
(ア) 本願商標
本願商標の構成中「本草製薬の」の文字部分については,これを構成する「本草」の文字は「ホンゾウ」と読み,「製薬」の文字は「セイヤク」と読む成語であり,「の」は格助詞であることから,「本草製薬の」の文字部分は,「ホンゾウセイヤクノ」と発音するものである。
また,本願商標の構成中「うるおう」の文字部分は,該文字に相応し「ウルオウ」と発音するものである。
さらに,本願商標の構成中「潤煌」の文字部分については,これを構成する「潤」の文字は「ジュン」と,「煌」の文字は「コウ」とそれぞれ音読みするのが一般的であるから,「潤煌」の文字部分は「ジュンコウ」と発音するのが自然である。ただし,本願商標を全体的に観察すれば,上記「うるおう」の文字部分が,「潤」と「煌」の文字部分の間に小さな文字で位置付けられていること,「潤」の文字は本来「うるおう」と訓読みすることから,「潤煌」には「うるおう」との称呼も生じるというべきである。
そして,本願商標は,「本草製薬の」「うるおう」「潤煌」という複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるところ,そのうち「潤煌」の文字の部分は,他の構成部分と比較してひときわ大きく表示され,しかも「潤煌」という文字自体が成語ではなく一種の造語と解されることから,この部分が取引者・需要者に対し強い印象を与えるようにもみえるが,一方で「本草製薬の」の部分は,一見して出願者の商号若しくは屋号であることが明らかであるから,この部分は極めて顕著な出所識別力を有する部分であり,さらに「うるおう」の部分は,文字こそ小さいが全体の構成の中央部分に赤地に白抜きで表示されているため極めて目立つ部分といえる。したがって,本願商標においては,「潤煌」の部分が他の構成部分に比して取引者・需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるとまではいえず,また,本願商標はそれ以外の部分から出所識別標識としての称呼が生じないと認められる場合ともいえないから,商標の類否判断において,ことさら「潤煌」の部分のみを抽出しこの部分だけを他人の商標と比較してその類否を判断することは許されないというべきである。
以上によれば,本願商標からは,「ホンゾウセイヤクノウルオウ」若しくは「ホンゾウセイヤクノジュンコウ」の称呼が生じるというべきである。
(イ) 引用商標1
上段の「潤甦」のうち,「潤」の文字は前記のとおり「ジュン」と音読みし,また,「甦」の文字は「ソ」と音読みするのが一般的であるから,「潤甦」の文字部分は「ジュンソ」と発音するのが自然である。もっとも,一般的には「ソセイ」と音読みされる「甦生」という文字につき「コウセイ」と慣用読みすることが認められることから,「甦」の文字はまれに「コウ」と発音する場合があること,下段の「JUNKOU」の文字からは「ジュンコウ」の称呼が生じること,引用商標1の構成を全体的に観察すると,下段の「JUNKOU」が上段の「潤甦」の称呼を特定しているものと理解・認識される余地もあるから,引用商標1の上段の「潤甦」からは,「ジュンソ」若しくは「ジュンコウ」の称呼が生じるものと認められる。
(ウ) 対比
以上のとおり,本願商標と引用商標1の称呼は,「ジュンコウ」との部分で一部重なっているといえるが,全体的に観察すると,両商標の称呼は類似しているとまではいえない。
エ 取引の実情
Xは,平成20年1月より,本願商標を使用したヒアルロン酸及びコラーゲン配合の健康食品(X商品)の販売を開始したこと,その商品名は「本草製薬の潤煌」であり,実際の取引においてXは「潤煌」の部分につき「ウルオウ」と称呼してX商品を販売していること(したがって,電話による取引においても「ホンゾウセイヤクノウルオウ」若しくは「ウルオウ」という称呼で取引されているものと推認される。),X商品は1包2グラムの粉末であり,20包入りと60包入り等の箱で販売されているが,その箱の表面中央及びスティック状の各包の表面に本願商標が使用されており,また,インターネット上の広告においても,本願商標が中央に大きく表示されたX商品の箱の写真を掲載し,商品名を「本草製薬の潤煌」と明記して販売していること,一方,引用商標1のうち「潤甦」の文字が付された商品は,その商標権者が販売する「コンドロビー濃縮液」と称する720ミリリットル瓶に詰められた清涼飲料水(コンドロイチン硫酸含有食品)であり,瓶のラベル及びその瓶を収納する箱に,黒い縁取りのある金色の文字で「潤甦」と大きく表示され,その上段に小さく平仮名で「じゅんこう」と表示されており,その全体的な表記はほぼ引用商標3と同一であることが認められる。そうすると,本願商標が使用されているX商品と引用商標1及び3が使用されている商品とは双方とも健康食品であるという点では共通性があるものの,商品の構成及びその販売形態は著しく異なるものと認められるから,実際の取引においては,商品の出所の誤認混同をきたすおそれがあるとはいえない。
オ まとめ
以上のとおり,本願商標と引用商標1とは,外観が著しく異なり,両者とも特定の観念を生じないから観念において比較することができず,称呼も類似するとはいえない上,上記取引の実情をも考慮して取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して判断すると,両者は類似の商標ということはできないというべきである。
(3) 本願商標と引用商標2との類否(取消事由2)
ア 外観
(ア) 本願商標
前記(2)ア(ア) のとおりである。
(イ) 引用商標2
引用商標2は,「うるおう」の平仮名のみからなる商標である。
(ウ) 対比
以上のとおり,両商標は,「うるおう」との文字で共通する部分があるのみであって,その外観は著しく異なる。
イ 観念
(ア) 本願商標
「潤煌」については,前記(2)イ(ア) のとおりである。また,「うるおう」については,「水気を含む。ゆたかになる。」の観念を生ずるものと認められる。
(イ) 引用商標2
上記のとおり,「水気を含む。ゆたかになる。」の観念を生ずる。
(ウ) 対比
以上のとおり,両商標は,観念を一部共通にすると認められる。
ウ 称呼
(ア) 本願商標
前記(2)ウ(ア) のとおりである。
(イ) 引用商標2
本願商標2は,「うるおう」という文字商標であるから,「ウルオウ」との称呼が生じる。
(ウ) 対比
本願商標と引用商標2の称呼は,「ウルオウ」との部分で一部重なる部分があるが,全体的には類似するとまではいえない。
エ まとめ
以上のとおり,本願商標と引用商標2とは,観念について一部共通する部分があり,称呼についても一部重なる部分があるものの,全体的には類似するとはいえず,特に外観が著しく異なるから,取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して判断すると,両者は類似の商標ということはできないというべきである。
(4) 本願商標と引用商標3との類否(取消事由3)
ア 外観
(ア) 本願商標
前記(2)ア(ア) のとおりである。
(イ) 引用商標3
引用商標3は,ゴシック体様の文字で「潤甦」の文字を横書きし,それぞれの漢字の上部に振り仮名風に小さく「じゅんこう」の文字を書してなるものである。
(ウ) 対比
以上のとおり,本願商標と引用商標3の外観は,その構成の中で大きな部分を占めるのが漢字2文字であり,そのうちの1文字がいずれも「潤」である点で共通するが,もう1文字につき前者が「煌」であり,後者が「甦」であって全く共通性のない文字であるばかりか,前記(2)ア(ア)
のとおり,本願商標には識別力のある「本草製薬の」及び赤地の四角形内に白抜きの「うるおう」の文字が統一的にバランスよく配されているから,全体的に観察すると,両商標の外観は異なるというべきである。
イ 観念
(ア) 本願商標
前記(2)イ(ア) のとおりである。
(イ) 引用商標3
前記(2)イ(イ)と同様に,「潤甦」については,強いていえば,「うるおいがよみがえる」あるいは「うるおってよみがえる」という観念が生じる余地があるが,もともと成語ではなく特定の観念は生じないものと認められる。また,「じゅんこう」からも特定の観念は生じない。
(ウ) 対比
以上のとおり,両商標とも特定の観念を生じるとは認められないから,観念において比較することはできず,観念が同一又は類似するということはできない。
ウ 称呼
(ア) 本願商標
前記(2)ウ(ア) のとおりである。
(イ) 引用商標3
下段の「潤甦」のうち,「潤」の文字は前記(2)ウ(イ)のとおり「ジュン」と音読みし,また,「甦」の文字は「ソ」と音読みするのが一般的であるから,「潤甦」の文字部分は「ジュンソ」と発音するのが自然である。もっとも,前記(2)ウ(イ)
のとおり,「甦」の文字はまれに「コウ」と発音する場合があること,上段の「じゅんこう」の文字からは「ジュンコウ」の称呼が生じること,引用商標3の構成を全体的に観察すると,上段の「じゅんこう」が下段の「潤甦」の称呼を特定しているものと無理なく理解・認識されるから,引用商標3の下段の「潤甦」からは,「ジュンコウ」若しくは「ジュンソ」の称呼が生じるというべきである。
(ウ) 対比
以上のとおり,本願商標と引用商標3の称呼は,「ジュンコウ」との部分で一部重なっているといえるが,全体的に観察すると,両商標の称呼は類似しているとまではいえない。
エ まとめ
以上のとおり,本願商標と引用商標3とは,外観が異なり,両者とも特定の観念を生じないから観念において比較することができず,称呼も類似するとはいえない上,前記(2)エで述べた実際の取引の実情をも考慮して取引者・需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して判断すると,類似の商標ということはできないというべきである。
3 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本願商標と引用商標1ないし3が類似するとした審決の判断には誤りがあり,取消事由1ないし3はいずれも理由がある。
注記:下線は、判決文では引かれておりません。