事件の概要
X(原告)は、「和創菜」の文字を手書き風の書体で横書きし,その下段に「TSUKITEI」との欧文字を横書きし,更に段を変えて,「月亭」の文字を,他の文字部分と比較して顕著に大きく,筆書き風に,やや右下がりに横書きしてなる商標(以下「本願商標」という。)につき,第43類「飲食物の提供」を指定役務とする商標登録出願(以下「本願」という。)をしたが,拒絶査定を受けたので,拒絶査定不服審判を請求した。
これに対し,特許庁は,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決(以下「審決という。)をした。
Xは、これを不服とし、提訴した。
判旨
1 商標の類否判断
商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかも,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断しなければならない(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
しかるところ,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合において,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されない。他方,商標の構成部分の一部が取引者・需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許されるものである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
そこで,以上説示した見地から,本願商標と引用商標とが類似であると判断した本件審決の当否について検討することとする。
2 本願商標と引用商標との類否
(1) 本願商標から生じる称呼及び観念について
ア:本願商標は,「和創菜」の文字を手書き風の書体で横書きし,その下段に「TSUKITEI」との欧文字を横書きし,更に段を変えて,「月亭」の文字を,他の文字部分と比較して顕著に大きく,筆書き風に,やや右下がりに横書きしてなるものであり,「和創菜」「TSUKITEI」「月亭」の各部分により構成されていること,「月亭」の文字部分が,他の部分よりも強調されていることは,視覚上,容易に認識することができるものであって,本願商標に接する取引者・需要者は,「月亭」の文字部分をより強く印象付けられるものということができる。
そして,「月亭」は,「ツキテイ」と称呼することができるのみならず,「TSUKITEI」の欧文字部分と比較して,「月亭」の部分が顕著に大きいことからすると,本願商標における「TSUKITEI」の欧文字部分は,「月亭」の称呼を意味するものであると容易に理解することができる。
また,「和創菜」の文字部分は,本願商標の指定役務である「飲食物の提供」においては,「「和」食の「創」作惣「菜」」を意味する造語であるものということができ,実際に,飲食店において,同様の意味で使用されているものである。同部分において,「和食の創作惣菜」程度の意味合いが想起されるものであることは,Xも争うものではない。そこで,「和創菜」の文字部分は,その意味内容と「月亭」の文字部分との大きさの比較からすると,本願商標の指定役務との関係において,提供される料理の内容を想起させるものということができる。
そうすると,「TSUKITEI」「和創菜」の文字部分は,「月亭」の称呼と役務の質(提供される料理の内容)を想起させるものであって,自他役務の識別機能を有しないものというべきであるが,「月亭」の文字部分は,取引者・需要者にとって,読みやすく,意味合いも想起しやすいものであり,文字自体の大きさからしても,役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる。
したがって,本願商標からは,「和創菜」「TSUKITEI」「月亭」の各文字部分が一体となった当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「月亭」の文字部分に対応した「ツキテイ」の称呼も生じるといわざるを得ないのであって,本願商標と引用商標との類否判断に際して,本願商標から「月亭」の文字部分を抽出することは当然に許されるべきものである。
イ:「月亭」とは,辞書に掲載されていない造語であるが,「月」の文字に「屋敷。住居。」との意味を有する「亭」の文字が組み合わされていることからすると,「月明かりに照らされた建物」程度の意味を有するものである。
ウ:以上からすると,本願商標からは,「和創菜」「TSUKITEI」「月亭」の各文字部分が一体となった当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「月亭」の文字部分に対応した「ツキテイ」との称呼及び「月明かりに照らされた建物」との観念も生じるものというべきである。
(2) 引用商標から生じる称呼及び観念について
ア:引用商標1について
(ア) 引用商標1は,円の内部に「了」の文字に似た曲線を左右に3本並べて配した図形の下に,「月亭」の文字を,筆書き風に縦書きしてなるものである。図形部分と「月亭」の文字部分とは,融合されておらず,分離された構成からなるものであるから,それぞれを別個のものとして看取することも可能である。
「月亭」の文字部分は,読みやすい書体で書かれており,図形部分と比較して大きいものである(図形部分と「月」「亭」の各文字部分は,それぞれほぼ同一の大きさである。)。図形部分は,何らの観念を有さないことは一見して明らかである。
したがって,取引者・需要者にとって,「月亭」の文字部分は,読みやすく,意味合いも想起しやすいものであり,役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められるところ,図形部分には,出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められるものである。
(イ) 以上からすると,引用商標1からは,図形部分と「月亭」の文字部分とが一体となった当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「月亭」の文字部分に対応した「ツキテイ」との称呼及び「月明かりに照らされた建物」との観念をも生じるものというべきである。
イ 引用商標2について
(ア) 引用商標2は,「しゃぶしゃぶ・京懐石」の文字を横書きし,その下段に,引用商標1と同様の図形部分を左に配し,その右に「銀座」の文字を横書きし,さらにその右に,「月亭」の文字を,大きく筆書き風に横書きしてなるものである。
図形部分,「しゃぶしゃぶ・京懐石」「銀座」「月亭」の各文字部分は,融合されておらず,それぞれ分離された構成からなるものであるから,それぞれを別個のものとして看取することも可能である。
引用商標2の指定役務(飲食物の提供)からすると,「しゃぶしゃぶ・京懐石」の文字部分は,役務の質(提供される料理の内容)を,「銀座」の文字部分は,役務の提供の場所を想起させるものであって,自他役務の識別機能を有しないものというべきである。
「月亭」の文字部分及び図形部分については,引用商標1において説示したとおりであって,取引者・需要者にとって,「月亭」の文字部分は,読みやすく,意味合いも想起しやすいものであり,役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められるところ,図形部分には,出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められるものである。
(イ) 以上からすると,引用商標2からは,図形部分と「しゃぶしゃぶ・京懐石」「銀座」「月亭」との各文字部分が一体となった当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「月亭」の文字部分に対応した「ツキテイ」との称呼及び「月明かりに照らされた建物」との観念をも生じるものというべきである。
(3) 本願商標と引用商標1との類否
ア:前記(1)及び(2)アによると,本願商標と引用商標1とは,「ツキテイ」との称呼及び「月明かりに照らされた建物」との観念において共通するものであり,両商標の外観の相違は,書体や記載の方向(横書きか縦書きか)が異なるほか,出所識別標識としての称呼及び観念が生じない「和創菜」「TSUKITEI」及び図形部分とが異なる程度にとどまるものであるから,そのような外観の相違を考慮してもなお,本願商標と引用商標1とが同一又は類似の役務に使用された場合には,当該役務の出所について混同が生じるおそれがあるというべきであって,本願商標は,引用商標1と類似するものと認めるのが相当である。
(4) 本願商標と引用商標2との類否
前記(3)において説示したところは,引用商標2についても当てはまるものであり,本願商標は,引用商標2とも類似するものと認めるのが相当である。
(5) 役務の同一性
本願商標の指定役務である「飲食物の提供」は,引用商標1の指定役務である「しゃぶしゃぶ料理を主とする飲食物の提供」を含むものであり,引用商標2の指定役務とは,同一である。
(6) 小括
以上からすると,本願商標と引用商標とは,称呼及び観念において共通するものであり,両商標の外観の相違は,書体や出所識別標識としての称呼及び観念が生じない部分の有無等が異なる程度にとどまるものであるから,そのような外観の相違を考慮してもなお,本願商標と引用商標とが同一又は類似の役務に使用された場合には,当該役務の出所について混同が生じるおそれがあるというべきであって,本願商標は,引用商標と類似するものと認めざるを得ない。
注記:下線は、判決文では引かれておりません。